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夢の小説家デビュー!comicoノベル作家オーディション結果発表!賞金総額250万

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奨励賞

ティン・ダウン・ロッチの肖像

作家:森山たすく

  • 1話

     今からおよそ四百年前、海に浮かぶ小国ながら、その卓越した魔法技術により『奇跡の王国』として知られたアルシュール王国全盛の時代に制作されたと言われている。栄華を誇ったアルシュールは、僅か百年という期間で突如、歴史からその姿を消すことになるのだが、様々な魔力を秘めた品は貿易により外の国にも伝わり、あるいは海を漂い、潜って、ずっと後になって発見されることもあった。
     この絵画もその一つで、美術コレクターとしても知られる商人、ビスク氏が『発掘』した時は大きな話題にもなったようだ。作者は不明。当時の貴族の姿を描いたと思われる肖像画は、よく人物をとらえてはいるものの、他のアルシュールの作品に比べれば凡庸ではある。しかし資料的な価値はあるし、アルシュールの品と言うだけでも欲しがる人は多く、誰かが手放すことがあれば、またすぐに買い手がついた。
     しかし十五年前、所蔵していた貴族の館から忽然と姿を消して以来、行方知れずとなる。
     人々は貴重な品が失われたことを嘆いた。
     でも、私は知っている。
     あの絵には、悪魔が棲んでいるということを。

     ◇

    「……これもゴミだな」
     ぼろぼろになった馬の被り物をカウンター兼作業台の上に投げ、私は片眼鏡を外した。それから大きく伸びをし、あくびをする。
     薄暗く狭い店内は棚や商品が雑然と置かれ、煤けた窓の外では『アンティークショップ・サノカ』と書かれた小ぶりの看板が取れかかり、風に揺れていた。そのうち直そうと思ってそのままになっているのだが、看板としての役目はまだ十分に果たしているし、特に問題はないだろう。
     そんなことを考えていると、長身の男が風見鶏のように回る看板を眺めながら窓の前を通った。茶色の髪も風に吹かれて踊っている。彼はそのまま入り口へと向かい、体でドアを押し開けながら、木箱を抱えて入って来た。
    「ただいまー」
    「遅いぞボルドー君、まだ行ってもらうところがあるのだから」
    「すいません、おばちゃんにお昼ご馳走になっちゃって」
     助手のボルドー・クロース君はへらへらと笑った後、ふと真顔になる。
    「それより表の看板、修理した方がよくないですか? あれじゃ看板としての役目果たしてないですって。――何すかその顔!? 俺悪いこと言いました?」
     反射的に睨みつけた私にぎょっとし、少し後ずさりをするボルドー君。
    「まあいい。それをこっちに持ってきなさい」
    「へーい」
     机の上に置かれた木箱の中身を確認していると、彼は言う。
    「サノカさん、ずっと思ってたんすけど、何でそんな喋り方なんですか? せっかく可愛いのにもったいない」
    「可愛いとは失礼な。私は成人女性だし、君より年上だぞ」
    「年上って言ったって、1コでしょ?」
    「一年の差は大きいのだよ」
     私はぴしゃりと言って、早速青い渦巻き模様の花瓶を見た。それほど出来は悪くはないが、今でも新品が市場によく出回っている代物だ。片眼鏡越しに見ても、その景色に変化は見られない。
    「ボルドー君」
    「あ、はい」
    「ぼんやり突っ立ってないで、次はベルド氏のお宅だ」
    「了解でーす」
     こちらをぼんやりと眺めていた助手をさっさと追いやり、私はまた片眼鏡を使って次の品物を鑑定する。卓上サイズの絵もやはり、普通に見た時との違いは感じられない。それを脇へと置くと、続いて小さなブタの置物へ。
    「これも魔力の反応はなし、と」
     この片眼鏡もアルシュール製であり、現在の技術では難しい魔法の品を判別することが出来る。
     魔法の品というのは、一見してそれとわかるようなものばかりではないから、ゴミと間違えられて捨てられていたり、古道具屋や蚤の市で安く売られている場合も意外にある。
     だが、エピソードとしては語られても、日常では中々お目にかかれないというのも事実で、だからこその掘り出し物だ。
     続いて出てきたのは……馬の被り物。先ほど見たものよりはまだ綺麗だが、最近流行っているのだろうか。当然ただのガラクタだった。それも放り投げると、作業台の上で二頭の馬が重なり、こちらを睨みつける。私は空になった木箱へそれらを放り込んで、見えないように書類でフタをした。
     馬はともかく、他の品は一応価格はつけなければならないだろう。ペンを片手に悩んでいると、またドアベルが鳴り、ボルドー君が大きな布袋を持って帰ってきた。彼はそれを運んでくると、ゆっくりと床へ置く。
    「よいしょっと。鑑定お願いします!」
    「ありがとう」
     中には小ぶりの絵画が数枚と、絵皿が入っていた。
     絵皿は花模様の中を色鮮やかな蝶が飛んでいる。恐らく今から百年ほど前、ルベンス朝後期の作品だろう。欠けもなく、綺麗な状態だった。絵画も一つ取り出し、包まれた紙を取り外してみたところ、それなりの価値がありそうな作品だ。魔法の品ではなかったとしても、こういったものを見ると少しほっとする。
    「ばーちゃん、追加で買取の依頼もしてくれましたよ。でかい物もあるから、明日家に来て欲しいって」
    「それはご苦労様」
    「ね、俺を雇って良かったでしょ?」
    「君は何度同じことを聞けば気が済むんだ」
     早速詳しい鑑定を始めた私は、絵皿から目を離さないままで答える。
    「そういう約束しましたしね。ちゃんと確認しておかないと」
     ボルドー君は言って笑った。

    『絶対、俺を雇って良かったって思わせますから!』

     一月前、彼が言った台詞だ。
     大通りから外れた、薄暗く陰気な路地の中にあるアンティークショップには、普段からそれほど多くの人は寄り付かないが、その時も全く客がおらず、私がペンを走らせる音だけが店内に響いていた。
     そこへ今と同じように、どこか飄々とした風体でふらりとやって来た男は、緑の目を愉しげに輝かせながら並べられた商品を見始める。その好奇心はやがて、黙々と作業をしている私の方へも向けられた。

    『いい店ですね、ここ』
    『それはどうも』

     私がぽつりと返して作業へと戻ると、また店内は静かになる。
     それから男は再び店内をうろうろし、商品を手に持ったり裏返したりしながら眺めた。そのまま手ぶらで外に出るのかと思いきや、カウンターの近くまでつかつかと歩み寄ってきて、突拍子もないことを言い出したのだ。

    『ここで雇ってもらえませんか? 俺、この町に来たばかりで仕事探してて、こういう店で働けたらいいなって』
    『……はぁ』

     そんな熱意をぶつけてくる者など皆無であったから、間抜けな返事しか出てこない。
     これまでずっと一人でやって来たし、そもそも人を雇うという発想すら出たことがなかった。

    『美術品等の知識は?』
    『全くないです! でも、雑用でも何でもやります。ええと、そこにある箱とかだって男の俺が運んだ方が簡単だし、その間に鑑定? みたいなのも進められるじゃないですか。掃除とか、商品並べたりとか、やらなきゃいけないことは色々あるでしょ?』
    『それはそうだが』
    『なら人雇ったほうがいいですって! 絶対、俺を雇って良かったって思わせますから!』

     そして押し切られて現在に至る。
     前口上の割には、若干ゆるめの勤務態度ではあるが、流石に力はあるし、人当たりが良いため客の評判も上々。今回のように新たな仕事も取って来たりするので、それなりに助かってはいる。
    「まあ――」
     確かに雇われた方としては評価も気になるところだろう。一応そういうことも伝えるのも雇い主の務めかと思い、口にしかけた時だった。
    「わん!」
     突然の異質な声に、思わず私は片眼鏡を装着したままでそちらを向く。
     ボルドー君の背後には、いつの間にか毛足の長い白い犬がいて、尻尾を振っていた。さらに動くものを感じて隣に視線を移すと、艶のある紫の毛をした猫までいる。
    「……ボルドー君、これはどういうことかな?」
    「ああ、えーと、名前は――そうだな、コルドーとタノカで」
    「おい」
    「ああ、犬がコルドーで、猫がタノカです」
    「そんなことを聞いてるんじゃない。しかも何故そんな贋作みたいな名前なんだ」
    「人聞きが悪いなぁ。いいコンビになるという願いを込めてですよ。流石にそのままというのもあれですし」
    「そんな願いは込めなくて宜しい。もう一度聞くが、何故ここに犬と猫がいるんだ?」
    「それはですね、野良犬と野良猫を連れて帰って欲しいとベルドのばーちゃんから頼まれたので」
    「君は客が連れて帰れと言ったら何でも連れて帰ってくるのか?」
     声を荒らげる私に、彼はぽりぽりと首の後ろを掻いた。犬ははっはと言いながら店の中をうろうろしだし、猫は猫ですまし顔のまま店内をきょろきょろと見回している。
    「やだなぁ、何でもじゃないですよ。ほら、こんなに可愛いし、ばーちゃんも困ってたみたいだし。仕事も追加でくれたじゃないですか」
    「依頼と動物の抱き合わせなんて論外だ。君が勝手に飼えばいいだろう」
    「俺の狭い部屋で飼えるわけないですよ! 大家にも怒られるし、二人とものたれ死んじゃいますって。軒先貸してあげるだけでも、ね? 俺が責任持って面倒見ますから!」
    「わんわん!」
     彼の言葉に合わせ、犬は愛想よく尻尾を振った。対して猫は興味なさそうに、大きなあくびをする。
     ボルドー君はどこかへ行こうとする猫を慌てて抱え上げ、片方の手を引っつかむと、体操をさせるように動かしながら声を当てた。
    「にゃー。お願いにゃー」
    「…………」
     猫は嫌そうに身をよじって腕から脱出し、軽やかに床へと着地する。後には引きつった笑顔のボルドー君だけが残った。
     私はしばらく無言でそれを眺め、大きく溜め息をつく。
     それから少しだけ迷った後、判断を下した。
    「仕方ない。少しの間だけだぞ。諸経費は君の給料から差し引くからな」
    「ありがとうございます! よかったな、コルドー、タノカ!」
     やれやれ。いずれにしても、面倒なことにはなりそうだ。
     無邪気に喜ぶ彼らを見て、私はもう一つ、盛大な溜め息をついた。

  • 2話

    「じゃあ二人とも、留守番頼んだぞ」
     ボルドー君が犬と猫に向かってにこにこと言う。
    「犬と猫に留守番なんか出来るわけないだろう」
    「やだなぁ、そういうマジな話じゃないですよ。あと、犬と猫じゃなくてコルドーとタノカです」
     相変わらず妙な所で頑固な男だ。これだけごり押しされると、もうどうでもよい気になってくるから腹立たしい。
     犬は太い尻尾を振りながら彼にじゃれついていたが、猫はつんと澄まして店の奥へと行ってしまう。犬も慌ててその後を追った。
    「ほら、二人ともいいコンビでしょ?」
    「猫は迷惑がっているようにしか見えないが」
    「そのうち仲良くなってくるんです!」
     もうダメだ。非常にどうでもよくなってきた。私は首を振りながらドアの鍵をかけ、『外出中』の札を出してさっさと歩き出す。
    「ちょ、サノカさん待ってください!」
     ボルドー君も慌ててついてきた。

     ◇

     一度大通りに出てから、南にある時計台に向かって坂を上る。
     爽やかに花の香りを運んでくる春風を感じながら、日傘を差し、優雅に談笑する貴婦人たちとすれ違う。少し離れただけで、私の店の近所とはずいぶんと様相が違っていた。
     ベルド氏のお宅は、このあたりでは小ぢんまりとした方だったが、周囲をよく手入れされた草花に囲まれた上品な佇まいだ。主はふわりとした白髪の上に日よけの帽子を被り、庭で水遣りをしている。
    「こんにちは」
    「ばーちゃん、こんちは!」
    「お二人ともこんにちは。よくおいでくださいました」
     私たちが声をかけると、柔らかな笑顔に迎えられた。
    「わんちゃんと猫ちゃんは元気?」
    「まあ……それなりに」
     正直押し付けられて迷惑だが、流石にそれは口に出さない。
    「仲良く追いかけっこしてるよ。店も気に入ってさ」
     ボルドー君がさらりとフォロー。あまり正しい内容とは思えないが、方便という奴だろう。それを聞き、ベルド氏はほっとした表情を浮かべた。
    「良かったわ、ボルドーさんにお願いして」
    「近所の人が動物嫌いなんだよな」
     すると彼女はしっ、と人差し指を唇に当てる。
    「まあそれも……本当は私が面倒見てあげられれば良かったのだけれど」
    「どこかに行かれるのですか?」
     私の問いに彼女は曖昧に微笑むと、家の方を手で示した。
    「どうぞ、お入りになって」
     彼女に続いて庭園を抜け、室内へと入る。華美ではないが上等な家具がセンスよく並べられていた。
    「夫が亡くなってから大分経って、思い出があるこの家で、気ままに余生を過ごすのも素敵だと思っていたの。けれど、息子たちが一緒に暮らさないかって。ようやく決心がついたわ」
    「もしかして、それでご依頼を?」
     ボルドー君からは、色々と見て欲しいとだけ伝えられている。そちらを見ると、どうやら彼も詳しい事情は今知ったらしい。
    「ええ、実はね、先日見ていただいたものの他にも夫のコレクションがあって。いくつかは持っていくつもりだけれど、あとは全部、お願いしようと思ってるの」
     それからベルド氏は、さらに奥にある小さな部屋へと私たちを導いた。暗い室内には、布に包まれたものがいくつも立てかけてある。
    「拝見します」
     ボルドー君と一緒にその一つを慎重に運び、静かに布を取り外す。それは、小船が湖面を滑るように進む様が描かれた絵だった。
    「リーベルスですね。中々素晴らしい」
     それ程有名ではないが、ファンも多い画家だ。劣化も少なく、サイズ的にも見ごたえがある。
    「では、終わりましたらお呼びしますので、あちらでお待ちください」
    「ええ。お茶のご用意をしておきますわね」
     ベルド氏の背中を見送ってから、他の絵も見ていく。ボルドー君は大した知識もないので、ほーとかへーとか見たことある気がします、などと呟くだけだが、実際それ程知られた作品は少なく、玄人好みの中堅どころが多いといった印象だ。
     しかし、せっかくこういう商売をやっているというのに毎日ガラクタばかりを見ている身としては、かなりやりがいのある仕事ではある。熱心に鑑定を進め、最後の作品の包みを開けた時、何かが下へと落ちた。
     拾い上げてみると、古びた手帳だった。中を確認すると、美術品関係の記録のようだ。几帳面さが伝わってくるような文字で、どこそこで何を買ったとか、売ったとか、見に行ったということが書かれている。
     後でベルド氏に渡そうかと閉じかけた時、ある単語が私の目を強く引きつけた。いてもたってもいられず、そのまま隣の部屋へと移動する。
    「絵の間から、このようなものが出てきました」
     テーブルにカップを並べていたベルド氏は少し驚いたような顔をしたが、手帳を受け取って目を通すと、すぐに表情を緩めた。
    「すみません、確認のために少し読ませてもらったのですが、このユディス氏というのは?」
     私が示した部分を読み、彼女はああ、と声を上げる。
    「サノカさん、興味があると仰っていたものね。ユディスさんは夫の友人で、趣味の仲間だったの。夫が亡くなってから疎遠になっているのだけれど」
    「その方とお会いできないでしょうか?」
    「ええ、では住所と……後でお手紙も書くわね。突然のことで驚かれるでしょうから」
    「ありがとうございます」
     私は言ってすぐに、所在なげにうろうろとしているボルドー君の元へと戻り、鑑定を再開した。

     ◇

    「何かわかんないけど、良かったっすね!」
    「……流石に君のおかげだろうな」
     お茶を少しだけ頂き、長居をしたがるボルドー君をせき立てながらの帰り道。早足の私に長身の彼は余裕を持ってついてくる。ベルド氏からの依頼は以前にも一回あったが来店であったし、家にまで上がらせてもらうのは初めてだった。助手の積極的な営業が実を結んだということだろう。
    「今なんて言いました?」
    「二度は言わない」
    「でも俺だけじゃなくて、タノカとコルドーのおかげでもあると思うんですよね」
     しっかり聞こえてるじゃないか。
    「やっぱ連れて帰って良かったでしょ?」
    「それはどうかな」
    「またまた、サノカさん素直じゃないんだから」
     上機嫌な彼を差し置き、私は腰に提げた鞄に手を触れる。
     鑑定した品の引き取りはまた後日ということでお願いしてある。今日は大きな荷物を持ち帰りたくはなかったからだ。懐中時計を確認すると時刻は午後四時近く。店を出たのがちょうど一時だった。この時間が、果たしてどう出るか。
     見晴らしのいい大通りから一転、陰気な路地へと入る。しばらく進めば、見慣れた建物が見えてきた。
    「こっちじゃないんですか?」
     店のドアを指差すボルドー君へと手招きをし、裏口へと向かう。そちらは店の奥にある居住スペースへと繋がっていた。
    「静かに」
     私の表情からただ事ではないと悟ったのか、彼は口を閉ざし、神妙な顔で頷く。背の高い建物に囲まれているため午後の強い日差しの中でも薄暗いが、歩くのに支障が出るほどではない。
     足音を忍ばせ、目的の部屋へ。少し開いたドアの陰からこっそりと中を覗き見た。
     ――やはりか。
     私は腰の鞄に手を突っ込みながら、一気に踏み込む。
    「そこには何もないぞ。ガラクタを詰め込んであるだけだからな」
    「に――にゃー!」
     紫の毛の猫は弾かれるように振り返ると、震える鳴き声を発した。
    「サノカさん何してんですか!?」
     ボルドー君がうろたえる。猫に銃らしきものを向けながら凄んでいれば、当然の反応だろう。
    「にゃー」
     猫は白々しい声でもう一度鳴いた。しかし私はそのまま近づく。部屋の中は荒らされ放題だ。普通なら猫が悪戯をした、で済む話だろう。
     私もあの時片眼鏡をつけたままでなければ、そう思ったかもしれない。でも確かに私は、紫の毛を包み込むように漂う、強い魔力の反応を見たのだ。
    「貴様は何者だ。目的は何だ」
    「サノカさんってば!」
     再度呼ばれるが、視線も狙いも外さない。
     猫は観念したように体から力を抜き、尻尾をだらんとさせた。
    「にゃ……なーんだ」
     今度は鳴き声ではなく、甲高い女の声だった。
    「窓がところどころ開いてたのも罠だったのね。まんまと引っかかっちゃった」
    「タノカ、お前喋れたのか!?」
    「目的は何だ?」
     ボルドー君はひとまず無視し、私は先端に青い石がついた木の銃をさらに近づけた。
    「それで殺すの?」
    「見た目によらず強力だぞ。魔法の品だからな」
     すると、猫は笑った――ように見える。
    「確かに強力よね。でも殺すのは無理だわ。それ、『ウィッチ・フィンガー』っていうやつでしょ?」
     知っていたか。こんななりをしているだけのことはある。アルシュールで主に護身用に作られたこの銃は、相手を痺れて動けなくさせる程度の力しかない。
    「だけどまあ、詰んだことに変わりはないわね」
    「貴様は何者だ。目的を言え」
     溜め息をつく猫に、同じ質問を重ねる。
    「……そうね、貴女のパクリみたいな名前というのも居心地が悪いし、とりあえず、リラと名乗っておきましょうか」
    「パク――」
    「私が欲しいのは、『ティン・ダウン・ロッチの肖像』――の、情報。この町に流れ着いた時、『肖像』に興味を持って調べてるアンティークショップの店主の話を聞いたわ。親切なおばあさんのお世話になりながら、どうやって入り込もうか考えてたところ、渡りに船でとってもラッキーだと思ったのに」
     リラは呆然としているボルドー君をちらと見た。
    「リラよりも、絶対タノカのほうがいいって!」
    「……そんなに大事? その名前」
    「勘違いするな。私は心底どうでもいい。あの犬も仲間なのか?」
    「知らないわよ、ただの犬でしょ。なぜか気に入られて付きまとわれてるの。今日も計画を実行するのに撒かなきゃいけなかったし。そんなことより、こうなったら手を組まない?」
    「一体いつどうなったんだ」
    「あたしは『肖像』を追い求める男にこんな姿にされちゃったの。人間に戻るにはそいつを探さなきゃいけない。もう私一人じゃどうしようもないのよ。この格好だと便利な面もある。きっと役に立ってみせるからお願い!」
     私の突っ込みも突きつけられた銃も無視し、ぐいぐいと体を乗り出してくる。その光景が、一月前の出来事と重なって見えた。
    「協力してあげましょうよ。サノカさんも同じもの探してるんでしょ? 皆で探したほうが早く見つかるかもしれないじゃないですか。今回の情報だって、リラのおかげでもらえたところもあるし」
    「情報!? 何か情報が入ったの!?」
     私はお喋りな助手を睨みつけ、溜め息をつく。
     いずれにしても、私の張った罠に簡単に引っかかるような猫に、大それたことは出来るまい。
    「……わかった。手を組むとしよう」
     私が流されやすいのか、周囲の押しが強いのか。
     いずれにしろここから私の『肖像』を追う日々は、大きく動き出すこととなる。

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