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夢の小説家デビュー!comicoノベル作家オーディション結果発表!賞金総額250万

オールジャンル部門
準優秀賞

さよならタイムカプセル

作家:かるり

  • 1.きっかけは同窓会の案内状

     夏の香り、キリギリスの鳴き声、汗ばんだ肌に貼りつく甚平。夏祭りの屋台が準備を始める頃に俺たちは秘密基地にいた。
    それは集落から離れた山中で関係者以外立ち入り禁止のロープを潜った先にある古びた建物のこと。
    「タイムカプセルを作ろうよ。」
     秘密基地で誰かが言い出した。
    「タイムカプセルってなあに?」
    「タイムカプセルはね未来の自分へ送るメッセージだよ。将来の自分に宛てた手紙を箱に詰めて、大人になったら開けるんだ。必要なものは用意してきたよ。」
     取り出したのは燃えるような赤い色をした箱。なぜか俺はその箱を怖いと感じていた。
    俺の恐怖心を見抜いたのかそれとも気まぐれか。箱は俺に差し出される。
    「まずはカナエから!箱の中に手紙を入れてね。」
    「お、俺から?」
     どうしてだろう。俺はその箱に触れることをためらってしまった。触れてしまえば辛い事も悲しい事も全てが溢れてしまうようだった。
    「本当にこれはタイムカプセルなのか?」
    「そうだよ。綺麗な箱でしょ?」
     箱の表面はドロドロした液体が付着し、箱に手をかざすだけで熱さを感じる。俺にはこの箱を綺麗と呼ぶことは出来ない。
    「早く開けてよ。」
    「お……おう……。」
    ああ触りたくなかったのに。急かされて仕方なく俺は箱を手に取る……が、箱は滑り落ち足元に落ちた。
    拾い上げようとして気づく。箱に触れた俺の手にべっとりと温かい液体が付いている。赤い液体からは鉄の臭いがする。間違いなく、血だ。
    箱の表面に付着していた液体は血液だったのだろう。拾い上げる事をためらう俺を誰かが嗤った。

    『ヒトゴロシ』

    地の底から響くような低い声が俺を嗤う。それは無機質であるはずの箱から声が聞こえたような気がした。
    「この箱、おかしいぞ!」
    皆に伝えようと叫びながら振り返るが、周りにいたはずの仲間たちは炎に包まれていた。
    呻き声をあげ、助けてと泣き叫びながら、彼らの姿は燃え盛る炎で見えなくなった。
     いつの間にか俺は大人になっていて――悔やんでいた。こんな事になるのならタイムカプセルなんて作らなければよかった。
    炎は俺の足元まで近づいていた。血まみれのタイムカプセルも弾けるような音を立てながら黒く変色していく。
    熱い。熱くて呼吸をするたびに喉が苦しい。黒煙と涙で視界が滲み、徐々に意識は遠ざかっていく。
    熱い、熱い……暑い。

    ***

    「……寒ぅ。」
    その日も会社は寒かった。出勤時はあまりの暑さに汗だくになっていたはずなのに、会社に着いてしまえば膝掛けを手放すことが出来ない。この原因は暑がりの社長が自分の欲望に従ってクーラーを効かせているからだ。
    「そんなに震えてどうした?風邪でも引いたのか?」
     クーラーのリモコン片手に声をかけてきたのは25歳のイケメン若社長こと中野トウヤ。人をからかって遊ぶのが好きという嫌な性格で、極度の暑がりだ。
    「今のところは引いてないよ。トウヤは俺に風邪を引かせたいのかもしれないけど。」
    「それは誤解だね。俺は快適温度を提供しているだけだ。締め切りが近いというのにカナエに倒れられたら困るだろう。」
     現在のクーラー設定温度は18℃。その中でシャツの袖を捲っている男だ。彼にとっての快適温度というのは本気だろう。俺基準に合わせろとまでは言わないが、ぜひとも俺のことを考慮した設定温度にしてほしいところだ。
    「さて、進捗具合はどうだ?」
    「じっくりプランを練っていたところだよ。俺が会社から出られるのは夕方になるか、夜になるかってね。」
    「引け腰だな。やる気を出して終わらせれば、太陽が出ている時間に帰ることだって可能だぞ。元気の出るお薬でも飲んで頑張ろうか。」
    「……お薬ね。」
     炒り豆の香ばしい匂いが漂うことから予想はつくが、渡された元気の出るお薬が入ったカップに口をつける。やはり中身はコーヒーだ。
    「元気より眠気に効きそうだな、このお薬は。」
    「効き目は薄いか。営業ついでに院長からお薬をもらってくるかな。」
    「院長?」
    「これから病院と打ち合わせだ。診察の待ち時間や診察受付をネットで出来るようにしたいらしい。」
    「また営業か。トウヤも大変だな。」
     トウヤはこの会社の社長でもあり、友人でもある。俺より5歳年上のこの男は大学を卒業してウェブシステム開発会社を立ち上げた。若くして会社を興したのだから苦労は多いだろう。
     だがトウヤは俺の労いの言葉に首を振る。
    「大変なことはないよ。この会社はすごく優しい。俺とカナエ、たった2人の従業員が食うに困らず、会社が存続できる程度に利益を出せばいいだけだ。給料のことを考えたら営業に行く元気もでてくるってものさ。」
    「俺は何もせずにお給料が出る仕事が一番好きだな。」
    「働かざる者食うべからずだ。もしもそんな素敵な仕事があるのなら迷いなく永久就職するさ。……さて。」
     腕時計を確認したトウヤは、チェアにかけたジャケットを取る。
    「この時期に外を歩くのは嫌だな。俺が生きている間に半袖スーツは開発されるのだろうか。」
    「それはないだろ。半袖スーツが流行ったら焼肉を奢るよ。」
    「名案だ!カナエに焼肉をご馳走してもらうためにも外で半袖スーツの流行を確認してくるかな。」
     トウヤは得意げに笑った。その目には焼肉を食べる画が浮かんでいるのだろう、自信に満ち溢れている。だが流行はしていない。間違いなく今朝までは。
    「夕方には戻ってくることができるだろう。それまでオフィスに残っていてくれよ。」
     トウヤがオフィスを出て行くのを見送ってから、俺はクーラーを止めた。これでトウヤが戻ってくるまでの間、快適な環境になるだろう。
    「それでなくても今朝は夢見が悪くて寝汗をかいていたんだ。本当に風邪を引かないようにしないとな。」
     夢の詳細は憶えてないが、嫌な夢だったことと暑かったことだけは憶えている。その暑さを思い出せば、今の会社の寒さが異常だと思えてしまう。
    まずは内部から体を温めようと、まだ湯気がのぼるコーヒーに口をつけた。
     
    ***

     夕方になれば夢見が悪かったことやオフィスが極寒だったことも薄れていき、ここら一帯で活躍するサラリーマン戦士たちが愛用する狭い焼肉屋に到着する頃には、それらの事も俺の頭から消えていた。
    もちろん半袖スーツは流行していなかったため、俺の奢りではなく割り勘だ。その結果に営業から戻ったトウヤは残念がっていた。
    「いつになったらカナエに彼女が出来るかな。」
     焼肉屋での唐突な一言に、俺は口に含んでいたビールを吹きだす。真面目に仕事の話をしていたはずなのに、話題は俺の色恋沙汰へと移り変わった。
    「な、なんだよ急に。」
    「20歳会社員独身……彼女いない歴イコール年齢の薄野カナエくんもそろそろ色気ついた話が欲しい頃だと思ってね。」
    トウヤが言う通り、今までに彼女と付き合ったことはない。出会いを求めて合コンに参加したことはあったが、女の子たちのほとんどはトウヤに吸い寄せられてしまった。
    「まずは出会いの場が必要だな。合コンでもしようか?」
    「いや……勘弁してくれ。」
    「合コンはいいものだぞ、色恋関係なしに多種多様な職業・性格の人と知り合うことが出来るいい機会だ。」
     そういう風に考えるのはお前が勝ち組だからだろう。トウヤに女の子たちを奪われて、余った男連中で寂しい時間を過ごす合コンはもうこりごりだ。
    「俺は友人が少ないからね。俺のジョークにも乗ってくれて、気兼ねなく話すことの出来るカナエは大切な友人だよ。」
     トウヤと俺は大学友人の紹介で知り合った。お互いに共通のパソコンスキルを持っていることから話も合うしビジネスパートナーとしても最適だ。年齢差や役職も気にせず無遠慮な口を利く俺を許してくれるのも友人というのが大きいだろう。俺にとってもトウヤは大事な友人だ。
    「だからこそ、俺を安心させてくれるような浮いた話の1つでも欲しいと思っているんだよ。カナエがどんな女の子を連れてくるのかが楽しみでね。」
    鉄板に並んだ肉たちをめくりながら思い返すが、女の子絡みの面白い話題は1つも出てこない。俺よりも目の前にいるこの男の方がそういった話は多数あるだろう。
    「そういうトウヤはどうなんだ?」
    「あるけどカナエには刺激が強すぎるな。」
    「ぶっ!な、何を言うかと思えば……。」
    「そんな反応じゃ女の子に嫌われるぞ。女子の観察眼を甘く見るなよ。今の所作からカナエが……。」
    いや、ちょっと待て。出会いに繋がりそうな出来事があるかもしれない。今朝、ポストに入っていた1通の葉書。中を見ないままカバンに放り込んでしまったが、確かあれは……。
    「浮いた話……あったかも。」
    「本当にあるのか。言ってみるものだな。」
     俺はカバンから葉書を取り出すと、トウヤも葉書を覗きこむ。
    『来る 5月21日 中学校同窓会を行います。
     出席もしくは欠席のどちらかに丸印をお付けください。』
     しばらく無言で葉書を覗きこむ俺たちだったが、場を崩したのはトウヤの笑い声だった。
    「これは傑作だ!浮いた話が出てきたと思えば同窓会か!さすがだカナエ、俺の期待を裏切らないな。」
     しばらくトウヤは腹を抱えて笑っていたが、俺は笑う気になれなかった。こうやってじっくり読むとこの同窓会の案内状には違和感がある。
    「葉書を持ったまま固まっているが、何か気になることでもあるのか?合コンよりもいい出会いがあるかもしれないぞ。」
    「参加すべきか迷うんだよな。」
     トウヤならば迷わず参加するのだろう。だが俺には悩む理由があった。
    「俺、昔のことをまったく思い出せないんだ。」
    「まったく思い出せない?通っていた学校の名前も思い出せないのか?」
    「思い出せない。思い出せる範囲で最も古いのは高校の頃だよ。」
     先ほどまで笑っていたトウヤの表情が、真剣なものへと変わった。
    「この葉書には中学校の名前が書いてないんだ。『中学校同窓会』としか書いてない。学校の名前が書いてあれば俺が通っていたのかどうか調べることもできたかもしれないけど、これじゃ確認することができない。間違えている可能性もある。」
    「でも宛先はカナエだろ?」
    「宛先は俺だ。住所も名前も完全に一致しているよ。」
    「差出人に心当たりはあるのか?」
    「名前は書いてあるけど……心当たりがない。中学校の事は何1つ思い出せないからこの人がクラスメイトだったのかどうかもわからないんだ。」
    「なるほどな。何も覚えていない状態で同窓会に行くのは確かに不安があるだろう。参加したはものの浮いたまま終わりました。出会いもありません。という結末になる可能性は高いな。……葉書を貸せ。」
     言われるがままトウヤに葉書を渡すと、トウヤはカバンからボールペンを取り出す。そして参加に大きな丸をつけた。
    「おい!まだ参加するって決めた訳じゃ……。」
    「いいじゃないか、考えるより動けだ。顔を見たら思い出すかもしれないだろう?思い出さなかったとしてもミステリアスな男として人気がでるかもしれないぞ。」
     トウヤは不敵な笑みを浮かべている。間違いない、こいつは楽しんでいる。
    葉書を取り返そうと手を伸ばすが、トウヤは葉書を手放さない。俺の空いた手に握らされたのは焼肉トングだった。
    「肉が焦げるぞ。あとビール追加だ。お前も飲むだろ?」
     そこでトウヤは満足したのだろう。同窓会の話題はここですっかり消えてしまった。あとは仕事やプライベートの話で盛り上がり、空いたビールジョッキの数が2人合わせて二桁に届いたところで俺たちはようやく鉄板の前から移動した。

     俺はこの葉書によって忘れていた罪と向き合うことになる。忘れるという事は幸せな事なのだと後悔するのはもっと先のこと。
     何も知らない俺はスーツに染み込んだ焼肉の臭いが葉書にも染みついてないことを祈りながら帰宅の途を急いだ。

  • 2.忠告

     ゴールデンウィーク明けの土曜日。太陽も沈みかけて外が赤く染まった頃。俺の家に珍しく来客が来ていた。
    「うっ……相変わらずお前の部屋は汚いな。」
     俺の聖域に入るなり顔をしかめたこの大柄な男は神奈川マコト。その体格とぼさぼさの頭、本人が気に入って伸ばしているヒゲ……人間というよりも、冬眠から目覚めて里に降りてきた熊のようだった。
     マコトは部屋をぐるりと見回した後、テーブルの前に座り込んだ。ガタイのいいマコトが部屋の真ん中に座ると、急に部屋が狭くなったように感じてしまう。
    「野郎の部屋なんてこんなもんだよ。」
    「全ての男子がお前と同じだと思うなよ。弁当の空の容器にペットボトル……ゴミを床に置きっぱなしにするんじゃない。」

     マコトが今日来た理由は知っていた。俺は部屋の隅に放り投げたカバンから財布を取り出す。
    「遅くなってすみませんでした。」
     俺が愛してやまない偉人といえば福沢諭吉。その福沢諭吉大先生が5人。俺がテーブルの上に出すとマコトはそれを受け取った。俺よりも太い、タラコのような指先がお札を数える。
    「5万円だな。遅くなっても大丈夫だから無理はするなよ。お前の生活が一番大事だからな。」
    「マコトさんには世話になったから、恩返ししたいんだ。高校を無事に卒業できたし、大学は……中退してしまったけれど、就職することもできた。これも全部マコトさんに育ててもらったおかげだよ。」
    「育てたって、俺は何もしてないだろ。」
    「身寄りがなくて施設にいた俺を拾ってくれたばかりか、学費まで面倒を見てもらった。本当に感謝しているんだ。」
    「やめてくれ、恥ずかしい。」
     マコトは照れくさそうに頭をかいた。
    「俺はお前を拾う気はなかったんだ。お前が困っていたから、拾っただけだよ。」
     拾う気はなかったと言っているが、それが本心ではないことを俺は知っている。マコトは俺の遠い親戚で、何度も施設に俺の様子を見に来てくれていた。俺が高校生の時に、施設の子供たちの人数が限界近くになり、年齢の高い子供たち……施設にいる高校生の子供たちから順番に施設を出るか、施設を移るかの選択を迫られたことがあった。その選択に悩んでいる俺の身元引受人となったのがマコトだった。
    「それに俺は優しくない。お前に掛かった費用はきっちり返してもらうさ。」
     マコトは俺と暮らし始めた際に1つのルールを作った。俺が生活するためにかかった費用や大学入学金といったものは全て請求する。俺が社会に出たら、その金額をマコトに返していくというものだ。俺はこのルールを嫌だとは思わなかった。施設での自由がない生活に比べれば、返済ルールなんて苦にならない。
    「支払いが厳しい時があれば言ってくれよ。マコトローンは優良企業だから返済期限を延ばすことも可能だ。」
    「自分で優良って言うなよ……。」
     今日のように、マコトは月に1度会いにきている。来訪理由はお金の受け取りだと本人は言い張るが、1人暮らししている俺のことを心配しているというのが大きな理由だろう。
    「しかしな、清潔感のない男は嫌われるぞ。」
    「へ?」
     いきなりのマコトの言葉に声が裏返る。家にきた時と同じように、部屋全体をぐるりと見回してからマコトは続けた。
    「いつ見ても、ここに女の子が来た痕跡がないんだよな。お前、女の子を部屋に連れ込んだことないだろ?」
     俺がモテないことを再確認してどうするのだろうか。言い返してやりたいところだが、マコトが指摘しているのは事実である。
    「身だしなみは……まあクリアしているか。問題は生活環境だな。部屋が汚いのは最低だぞ。」
    「部屋を片付ければ彼女が出来るってか?」
     マコトは力強く頷く。部屋掃除するだけで彼女が出来るのかよ……。嘘だろうとは思いながらも頭の片隅に書き留めておく。
    「あとな……ポスト、チェックしてないだろ?」
     テーブルの上にチラシや手紙の束を置く。そういえばゴールデンウィークに入ってからは怠惰な生活に慣れてしまって、ポストを見ることもしていなかった。
    「お前の部屋だけポストが満杯になっていたぞ。これも減点ポイントだな、女の子は細かいところまでチェックするぞ。」
     チラシや無料配布のペーパー……やばい、電気代の請求書だ。明日払えばギリギリ間に合うだろうか。そこで俺は1枚の封筒に手を止めた。業務用というより私用だろう、野郎の部屋には似合わないカラーの手紙が入っていたからだ。その薄いピンクの封筒の差出人には『千歳ノリコ』と書かれていた。
    千歳ノリコ……どこかで見たことがあるような。しばらく考えてようやく思い出す。
    「同窓会か!」
     同窓会案内状葉書も差出人はこの名前だった。これは同窓会に関係する手紙ということだろう。
    封を開けるとは女の子らしい可愛らしい字で書かれた手紙と、会場への地図や開催時間が書いてある紙が2枚。手紙にはこう書いてあった。
    『薄野カナエ様
     中学校同窓会にご参加いただけるとのこと、ありがとうございます。
     会場と時間については別紙をご確認ください。
     同窓の皆様にお会いできる日を楽しみにしております。
                           主催 千歳ノリコ』
    今回こそは中学校の名前が書いてあるだろうと期待したが、残念ながら今回も学校名は書かれていなかった。こうなったら同窓会で他の参加者から聞くしかないだろう。当日聞かなければと考えると憂鬱になる。
    手紙を読み終え長いため息をつく俺に、マコトが振り返った。
    「どうした?」
    「学生時代の同窓会に行くことになったんだけど、色々不安で。」
    「同窓会か!いいじゃないか!いい出会いが見つかるといいな。」
     出会いだの女の子だの……マコトもトウヤと同じような反応をする。そんなに非モテの俺を心配してどうするんだ。
     これは同窓会後に『可愛い女の子と知り合えたか?』と聞かれるだろう。その未来を回避するためにも釘を刺しておかなければ。
    「出会い目的じゃないからな。期待はしないでくれよ。」
    「ガハハ!カナエに女の子なんて期待していないさ!」
     マコトの豪快な笑いに投げ飛ばされて、釘は俺の心に刺さる。期待していないと言われるのも辛いところだ。
    「出会いって言っても女の子だけじゃない。性別年齢問わずたくさんの人と出会ってほしいんだ。10人の新しい出会いがあれば、10個の考え方を知ることが出来る。色んな考え方を知ることでお前の視野も広がる。いい男になれるぞ。」
     最後の一言が余計だ。まるで今の俺がダメ男みたいじゃないか。
    「それに学生時代の自分を見つめなおすのもいいことだ。他人から見た過去の自分を知ることで、自分の長所や短所を知ることが出来る。」
    「『学生時代のカナエくんは授業中寝てばかりのダメな生徒でした』って感想でも、か?」
    「それでお前のぐうたら生活が改善されるなら、お前をふん縛ってでも同窓会に連れて行くぞ。」
     トウヤと同じくマコトも肯定派だ。確かにマコトの言う通り、女の子との出会い以外にも交友関係が広がるかもしれない。
    「何はともあれ、楽しんでこいよ。」
     俺が頷くとマコトは笑った。手紙を読んだ時の鬱々とした気持ちはすっかり晴れていた。
    「その顔だ。男はどーんと構えてないとモテないぞ。女の子を顔と胸囲だけで判断しないようにな。部屋の掃除も忘れるなよ!」
     巨乳好きでもいいじゃないか。大鑑巨砲主義は男のロマンだ。と言い返そうとして止まる。部屋の掃除……?
    「ちょっと待て。なんで俺が同窓会で女の子を捕まえてくる前提なんだ。」
    「準備は入念にしておけよ。まずは掃除だ!」

     それから1時間は大変な目にあった。マコトは部屋中を歩き回り『ここを掃除しておけ』だの『この雑誌は隠せよ』だのと細かく指摘していった。押し入れやベッドの下まで掃除ポイントチェックは続き、マコトが満足した頃には俺は疲れ果てていた。

    「……お前に伝授できる事はこれで全てだ!」
     一言一句逃さずメモを取れと檄を飛ばしたマコトの言うとおりに書き続け、掃除メモの枚数が3枚を超えたあたりで俺は考えることをやめていた。
    「これで明日から掃除も捗るだろう?お前もすっきりした顔になったようでよかったよ。」
     違う、これはすっきりした顔ではない。疲れ果てた顔だ。言葉を返す気力もなく、俺はぐったりしたまま頷いた。
    「暗くなってきたしそろそろ帰るか。」
    「外まで送ってくよ。」
    「よしてくれ。俺よりも年下の男に送られたって嬉しくない。」
     軽口を飛ばして笑いあいながら、見送りのために玄関まで歩いたところでマコトが振り返った。
    「忘れ物か?」
     その様子に俺が言葉をかけたところで、気づく。

    「……!」
     振り返ったマコトの目は鷹のように鋭く、その爪で俺の体を抉られてしまうのではないかというほど冷たく恐ろしい顔をしていた。

    この男はこんな表情を出すことがあったのか。見たことなかったマコトの一面に俺の体は動揺して震える。頭のてっぺんから血の気が引いて、体が凍り付く。
    蛇に睨まれたカエルが動けないように、俺の体も動けなくなっていた。

    「……同窓会って、………か?」
     鋭いナイフのような低い声が、俺の耳から頭まで簡単に制圧する。すっかり動揺してしまった俺はその言葉を全て聞き取ることが出来なかった。
    「……っ。」
     言葉が聞き取れず聞き返そうとしても喉がひりついて上手く声が出ない。
    「……なら…………許さない。」
     怖い。
    初めてこの男を怖い存在だと感じた。びりびりと肌を刺す威圧感は殺気に近い。
    一体何を許さないというのか。俺はマコトを怒らせるような何かをしてしまったのだろうか。
    マコトが放つ殺気に足元から飲み込まれそうになり、俺が強く目を瞑ったところで、それは消えた。


    「悪かったな。」
     怯える俺の様子に気づいたのか、マコトの空気が和らぐ。あれは夢だったのだろうかと思うほど、いつも通りのマコトに戻っていた。
    「お前が初めて同窓会なんて言うもんだからびっくりしたんだ。許してくれ。」
    「あ、ああ……。」
    「俺は帰るよ。見送りはいいからな、お前は掃除でもしてろ。」
    俺を射抜き殺してしまいそうな鋭い眼光も、耳を抉られてしまいそうな低い声も、すっかり消えてしまった。消えたとはいえ俺の頭にはしっかりと焼きついている。マコトの姿が部屋から消えてしばらく経つまで、俺はその場に立ち尽くすことしかできなかった。

     早鐘を打つ心臓がようやく落ち着いたところで俺は動き出した。思っていたよりも全身に力が入っていたらしく、足がふらつく。
    「何だったんだ、あれは。」
     マコトは同窓会という言葉に反応してあの一面を見せたのだろう。俺が同窓会の話をしなければ、さっきの豹変はなかったということだ。
    「クソッ……頭が痛い。」
     同窓会、中学生。その言葉を考えるだけで、頭の奥を金槌で叩かれたような痛みが走る。
    「これはカキ氷よりも強烈だな。」
     調子が戻ってきたのか、痛む頭を抑えながら考えたのは『この痛みはカキ氷を食べた時に似ている』ということだった。
    「いいか俺、ポジティブに考えよう。同窓会は怖い場所じゃない、女の子との出会いのチャンスだ。」
     呪文のように独り言を呟き、余計な考えを頭の中から排除する。1人暮らしでよかったと今ほど思うことはない。誰かに見られていたら俺は最低な評価をもらったことだろう。1人暮らしだからこそ使用できる特殊呪文を数回ほど詠唱したところでようやく頭の痛みは消えた。
    「……部屋の掃除でもしようか。」
     別にマコトの言葉を信じている訳ではない。気分転換には部屋の掃除と決まっている。男の部屋は綺麗な方がいいだろう?
     マコトが残したお掃除メモを片手に掃除を始めると、それは想像以上の効果を生み、マコトの豹変や中学生というものをすっかり忘れることが出来た。

    そして5月21日。部屋がピカピカに片付く頃に、人生初の同窓会を迎えた。

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